働くとは何か

人はなぜ働くのか。考えたことはある人は、どれくらいいるだろうか。職業と定義比較しにくいYoutuberが、職業として認められつつある気がするのは気のせいだろうか。Youtuberという職業を、世の中はどう考えたのだろうか。人が働く理由なんて、千差万別。幾通りの価値観があるように、奇麗ごとを並べることもできるが、実際には抱える背景が違いすぎて難しいのが本音だろう。年々広まる貧富の格差と難しく漢字を並べれば聞こえは良いが、頭のいい人たちが働く理由を討論しても、答えに辿り着けないが、個人的には、自分次第というのが答えの本質に近い気がする。多くの人の働く理由は、生活の為、生きていくため、つまりはお金を稼ぐためと考える人が多いだろう。むしろ、大半がこの理由だと思っても過言ではない。やりたい事をやって生きていける人達がこの世の中にどれだけいるだろうか。1割もいればいいような気がしている。現実は決して甘くない。嫌な事も望まない仕事もしながら、その中で、自分のやりがいや、意味のある事に気づき仕事にする、それが現実。最近は見なくなった「好きなことで生きていく」と大きく打ち出したyoutube広告。YouTuberという仕事に、クリエイティブな仕事が必要と見えてきた証拠だろう。YouTubeにとってこのキャッチコピーはすでに限界だったのだろう。

ある時、品川駅の駅広告で突如出勤者に向かって語り掛けるポスターのコピーが目についた。「今日の仕事は、楽しみですか?」というコピーだった。私はとてつもない衝撃を受けた。私以外にも多くの人が衝撃を受けて炎上したためすぐに取りやめになったが、日本人には刺激が強すぎたのかもしれない。これが炎上したように、人は現実と向き合うのを嫌がる。目の前の現実を受け入れたくないのだろう。それは、きっと思い描いた理想ではないからだ。分かりやすく言えば、20歳の時、もっと大人な自分を想像した人はどれだけいただろうか。なんだか、高校を卒業して20歳を過ぎれば随分大人になっている姿を想像したことはないだろうか。日本では団体でいるうちは凄く守られている。特に大学生までは周りが与えてくれる環境にあるからこそ、何事もチャレンジすることができる良い部分がある反面、卒業後の一歩を踏み出した瞬間から全責任が自分一人に降りかかってくることを理解するには時間が短すぎる感じだ。大学4年間は、社会人になる前の準備期間のようなものだが、言い方を変えれば、大人になるためのリハーサルともいう。リハーサルと学業を両立するには、あまりにも短い。体感スピードは1年くらいだろうか。酸いも甘いも凝縮される期間だからこそ、それだけ思い出も鮮明に残るが、個人的には、少なくと6年くらいはほしい。なぜなら日本は、学歴社会というわりに、中身を軽視しすぎている。大学全入時代で言う意味も薄れてしまうが、ブランドだけじゃなく、何を学んだか大事にしてほしいものだ。何が正しいかは人それぞれあると思うが、工学部出身者がスーパーのレジ打ちに就職するなんて、本人の希望をでない限りやるべきじゃない。4月から新社会人になる人はきっと色んな想いを抱えて社会の一員となるだろう。この後の長い人生の中で、何回働くことをやめたくなるのか分からないが、その数だけ、なぜ人は働くのかを考えるだろう。私ならこう答える。好きなだけ稼いで、楽しいことをしたいから私は働く。あなたはどんな答えを持っていますか。